従業員を一人雇うと、労働基準監督署や年金事務所などの窓口で手続きが必要です。しかし役員報酬を受け取っている一人社長の場合、既にその半分程度が完了しています。これは社会保険加入や給与支払いをする事業所としての手続きが済んでいるためです。そのため新しく雇う従業員の分を追加で手続きする形になります。
本記事では、日本年金機構および厚生労働省が公表している情報をもとに、一人社長が初めて従業員を雇用する際に必要な手続きについて解説します。実際の手続きについては、従業員の労働条件や事業所の状況によって異なる場合があるため、管轄の年金事務所、労働基準監督署、ハローワークまたは社会保険労務士にご確認ください。
結論:一人社長の法人なら、入社日の届出は「労働保険まわり」が中心

一人社長が従業員を雇う場合、労働保険(労災保険と雇用保険を指します)関係の届出を行います。
- 保険関係成立届(成立届):入社日の翌日から10日以内
- 概算保険料申告書:入社日の翌日から50日以内
労働保険の成立手続きを行うため、「保険関係成立届」を労働基準監督署に提出します。保険関係成立届は、労働基準監督署やハローワークで入手可能です。なお、労災保険は成立届を出していなくても従業員を雇った時に保険関係が成立しています。もし手続きを怠ると、過去の労働保険料だけでなく、追徴金の徴収や労働保険徴収法違反と認定されることもあります。早めに手続きを済ませましょう。
「概算保険料申告書」とは、雇う側が次年度に納める予定の労働保険料を申告し納付するための書類です。こちらも50日以内と期日があるため、入社後すみやかに準備します。
すでに済んでいる手続き——社会保険の新規適用と給与支払事務所の届出
役員報酬を受け取っている一人社長の法人の場合、下記の届出がすでに済んでいます。
- 健康保険・厚生年金保険 新規適用届(新規適用届)
- 給与支払事務所等の開設届出書
「健康保険・厚生年金保険 新規適用届(新規適用届)」とは、社会保険への加入要件を満たした法人や個人事業所が、日本年金機構に提出するものです。法人の場合、従業員数に関わらず社会保険の加入が義務付けられています。そのため社長一人しかいなくても法人設立時に新規適用届を提出済みです。
「給与支払事務所等の開設届出書」とは、従業員を雇用する事業主が、税務署に提出する書類です。事業主には、従業員の代わりに源泉徴収税を納める義務があります。法人の場合、役員報酬があるため、会社設立時に提出済みです。万が一手続きを怠ると、所得税の納付書をもらい損ねて支払い期限を超過し、追加徴収される可能性があります。会社設立時に確実に手続きしましょう。
このように本来必要な手続きを2つ省略可能です。一人社長が初めて従業員を雇用する時は、会社単位の手続きが発生しないため、労務の負担が大幅に軽減されます。
新たに発生する手続き——窓口別(労基署/ハローワーク/年金事務所)の一覧
従業員を一人雇うと、労務・経理で新たな手続きが必要です。ここでは役員報酬のある一人社長が、初めて従業員を雇用した時に必要な届出を整理します。
| 手続き名 | 期限 | 窓口 |
|---|---|---|
| 健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届(社会保険資格取得届) | 資格取得日から5日以内 | 年金事務所 |
| 保険関係成立届(成立届) | 保険関係成立日の翌日から10日以内 | 労働基準監督署 |
| 概算保険料申告書 | 保険関係成立日の翌日から50日以内 | 労働基準監督署 |
| 雇用保険適用事業所設置届 | 設置日の翌日から10日以内 | ハローワーク |
| 雇用保険 被保険者資格取得届 | 資格取得日の翌月10日以内 | ハローワーク |
最も提出期限が短いのが、「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届」です。入社翌日から5日以内に年金事務所に提出します。これは従業員の健康保険証を発行するために必要です。健康保険証がないと病院の支払い時に保険適用されないため、最優先で行います。
保険関係成立届と概算保険料申告書は、労働保険の手続きです。従業員が入社した日から保険関係は成立しているため、期日内に早めに労働基準監督署に提出します。
労働基準監督署に成立届を提出後、ハローワークで「雇用保険適用事業所設置届」と「雇用保険被保険者資格取得届」の手続きを行います。「雇用保険適用事業所設置届」とは、雇用保険に加入する社員がいる事業所が提出する届出です。一人社長には雇用保険が適用されていないため新たに手続きします。「雇用保険被保険者資格取得届」は、従業員を雇用した際に事業主が提出する義務があります。入社翌日の翌月10日までに提出します。従業員本人のマイナンバーや雇用保険被保険者番号が必要です。
雇う前に整えるもの——労働条件通知書と法定三帳簿
従業員を雇い入れる前に準備するものがあります。それが労働条件通知書と法定三帳簿です。
「労働条件通知書」は、労働条件を書面で明示する書類です。会社から従業員に交付することが義務づけられています。同時に雇用契約の証として「雇用契約書」を交付することが一般的です。2つをまとめて「労働条件通知書 兼 雇用契約書」として通知することができます。
「法定三帳簿」とは、労務管理の帳簿で、以下の3つを指します。これらは労働基準法により、事業主が作成し保管することが義務づけられています。
| 名称 | 内容 |
|---|---|
| 労働者名簿 | 従業員の個人情報を記載した帳簿 |
| 賃金台帳 | 賃金計算のための帳簿 |
| 出勤簿 | 従業員の勤務時間を記録する書類 |
それぞれ事業所ごと労働者ごとに作成する必要があります。雇用形態に関わらず、原則として全従業員が対象です。法定三帳簿の保存期間は2020年の改正労働基準法で5年と定められましたが、現在は経過措置として3年となっています。
また、法定三帳簿に加えて2019年から「年次有給休暇管理簿」の作成も新たに義務づけられています。年次有給休暇を管理する法定帳簿です。年10日以上の有給休暇を与えられた従業員が作成の対象となります。
本当に変わるのは入社日ではなく「毎月」と「毎年」

従業員を一人雇うと、会社に起こる変化は入社直後の手続きだけではありません。毎月毎年と定期的な実務が新たに発生します。労務管理や税金に関わる大切な手続きのため、確実に押さえましょう。
毎月増える実務——給与計算・源泉徴収・住民税の特別徴収
一人社長の法人が従業員を雇う場合、毎月の業務として以下が増えます。
| 業務 | 内容 |
|---|---|
| 給与計算 | 毎月支払う給与を計算します。 |
| 源泉徴収 | 所得にかかる源泉徴収税(所得税)を計算し、給与から天引きします。 |
| 住民税の特別徴収 | 給与から天引きし、社員の代わりに住民税を納めます。 |
従業員に毎月給与を支払うため、給与計算が必要です。事業主には従業員の源泉徴収税を代わりに納める義務があるため、正しく計算して給与から天引きします。住民税は本人が納める方法(普通徴収)もありますが、会社が給与から天引き(特別徴収)で納めるのが一般的です。
毎年増える実務——年末調整・算定基礎届・労働保険の年度更新
一人社長の法人が従業員を雇う場合、毎年の業務としては以下が増えます。
| 業務 | 内容 | 時期 | 提出先 |
|---|---|---|---|
| 年末調整 | 従業員の所得税を確定します。 | 11〜12月 | 税務署、市区町村 |
| 算定基礎届 | 社会保険料の金額を確定する書類です。 | 6〜7月 | 年金事務所 |
| 労働保険の年度更新 | 年度末に確定した賃金総額から、労働保険料を計算して納付します。 | 6〜7月 | 金融機関、労働局、労働基準監督署 |
「年末調整」とは、毎月納めてきた源泉徴収税額と年間の所得税額を一致させるものです。過不足があれば還付や追加納付の処理をします。
「算定基礎届」とは、年金や健康保険の金額を確定する書類です。7月1日時点で雇用している被保険者が対象です。6月中旬以降に届出用紙が事業所に届き、提出期限は7月10日です。
「労働保険の年度更新」とは、前年度の労働保険料を確定して精算し、新年度の概算保険料を申告して納付する手続きです。毎年6月1日から7月10日までに行います。
源泉納付を年2回にまとめられる「納期の特例」(10人未満)
「納期の特例」とは、従業員数が常に10人未満の法人向けの制度です。この特例を利用すると、源泉徴収税と復興特別所得税を半年分まとめて納められます。毎月発生するはずだった納付手続きの負担を軽減でき、延滞やキャッシュ不足を防げます。
| 適用条件 | ・従業員が10人未満 ・源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書を税務署に提出して承認されている |
| 期限 | ・1月から6月までの源泉所得税・復興特別所得税:7月10日 ・7月から12月までの源泉所得税・復興特別所得税:翌年1月20日 |
特例を受けるには、「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」の提出・承認が必要です。提出した月の翌月に支払う給与の源泉徴収税から、特例が適用されます。
将来的に従業員数が増え、適用条件を満たさなくなると「源泉所得税の納期の特例の要件に該当しなくなったことの届出書」の提出が必要です。自動的に適用が外れるわけではないため、半年払いのまま放置せず早めに対処しましょう。
給与30万円の社員の「本当のコスト」——会社負担は給与の約15〜16%

会社は、従業員の額面給与をそのまま支払っているわけではありません。社会保険料を上乗せした金額を支払っています。会社負担の保険料は、額面給与の約15〜16%です。従業員負担の保険料は、額面給与から天引きされます。
| 社会保険 | 負担割合 | 会社負担割合(令和8年度・東京の場合) |
|---|---|---|
| 厚生年金 | 会社と従業員で50%ずつ | 9.15% |
| 健康保険・介護保険 | 会社と従業員で50%ずつ | ・第2号被保険者に該当する:5.735% ・第2号被保険者に該当しない:4.925% |
| 労災保険 | 会社が100%負担 | 業種により異なる |
| 雇用保険 | 会社の方が多く負担 | 業種により異なる |
| 子ども・子育て支援金 | 会社と従業員で50%ずつ | 0.115% |
| 子ども・子育て拠出金 | 会社が100%負担 | 0.36% |
「子ども・子育て拠出金」は2026年から開始されました。
これら社会保険料の会社負担割合を合計すると、約15〜16%となります。例えば従業員の給与が30万円の場合、社会保険料を含めた会社負担は35〜36万円です。
従業員を雇う際、額面給与だけを見ていると、実際のコストと差が生じてしまいます。社会保険料を上乗せした金額を考慮し、予算を超えないよう金額を設定することが大切です。
どこまで自分でやるか——税理士・社労士・自分の分担マップ

従業員を雇うと、会社が行う手続きは一気に増えます。社会保険や税金という大切な手続きの中での失敗は、罰金や社会的信用を落とすリスクにもなります。一人で抱え込んでしまう前に、税理士や社労士といった専門家に依頼した方が、安全かつ効率的です。
社労士は、労務関係の書類作成や行政への申請代行ができる点が強みです。税理士は実務の代行に加えて会社の経営や資金繰り、節税対策へのアドバイスも受けられます。plusC会計事務所では、税理士や提携先と分担しながら対応しています。会社の状況に合わせてその都度、税理士への相談や代行依頼が可能です。
社員1人の規模で手厚い顧問は要らない
税務や労務という重要な部分で失敗リスクを避けるには、専門家の力を借りるのが一番です。しかし実際、従業員が一人の法人規模では、それほど手厚いサポートはいりません。必要な場面で顧問に相談できる体制ができていれば十分に対処できます。
顧問税理士を雇うと面談頻度が悩みどころですが、毎月面談は年商数十億規模向けです。小規模な法人では、年1〜4回の面談とチャット相談で十分です。面談頻度を適切に設定することで顧問料も抑えられます。
plusC会計事務所では、「年商3,000万・記帳全部委託・面談年4回」のケースを年間約40万円でお受けした実例があります(一例であり個別見積が必要です)。定期面談では年間スケジュールに合わせた実務のサポートや税務/財務に関するアドバイスを行っています。さらに回数無制限のLINEチャットからいつでも相談可能です。
まとめ:手続きは一度きり、実務はこれからずっと続く

一人社長が従業員を雇うと、労働保険の届出や帳簿の作成など、新たな手続きが発生します。期限内に提出するものが多く、迅速な対応が必要です。給与計算や年末調整など、定期的な運用業務も求められます。
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